お久しぶりです、みんとです。2か月ほど前からSNSの投稿をしていませんでしたが、実は現在、仕事を休職しています。
休職の直前・直後はかなり精神が安定していなくて、SNSでも読んでいて気持ちのいい内容ではない投稿を続けてしまいました。心配してくださった方、不快に思われた方、いらっしゃると思います。本当にすみませんでした。そして、ありがとうございます。
気持ちの整理も兼ねて、これまでのことを少し書いていきたいと思います。
※不安定だった時のことも含めて書いていきますので、元気がなかったり、しんどいものに触れたくない方は、読むのを控えたほうがいいかもしれません。
(できるだけ暗く重くなりすぎないように、軽めの文体で書いていきます)
そもそも何が起きたのか
少し前からXの投稿をご覧の方はお察しかもしれませんが、過労による精神疲労というのが一番の原因です。心療内科を受診し、「適応障害」という傷病名が下りたことで、とりもなおさず休職した…という状況です。
シンプルに死ぬかと思った。
過労死って自分には縁遠い話だと思っていました。でも、意外に身近なことだったようです。
仕事をしてもしても終わらなくて、終わらないのは私の能力がないからだと思って、休みと寝る時間をとにかく削って、毎日仕事をしている機械になっていました。こわいね。
仕事から帰っても仕事して、毎日「あれができなかった」と思いながら眠りについて、数時間後には「あれができていない!」と飛び起きて早朝仕事して、時間になったら会社に行って…(はじめに戻る)
いや、シンプルに死ぬかと思った。
もう病院に駆け込む直前は、泣くどころか泣き叫びながら仕事してました。机とかバンバンたたきながら。やっべ。マンションの隣の人大丈夫だったかな…
それでも働けているならまぁよかったんです。(※よくないです)でもいつからか明らかに仕事のスピードが落ちてきたり、アイデアありきの職種なのに何も思い浮かばなくなったりと、仕事に支障を感じることが増えてきました。
今思えば、泣きながら仕事してる時点で病院いけばよかったなっておもいます。(それはそう)
実家を離れて一人暮らしのぼっち極めるコミュ障なので相談できる人もおらず、Google先生に聞いてみたら「それ鬱やで、病院行きや」って言われるみんと氏。このままではいかんと、最寄りの心療内科に電話して予約を入れました。
受付のひと「ご予約可能日は今月末になります」※予約したのは月初
出ました、心療内科なかなか予約取れない問題。まず、私が知る限り心療内科の初診は予約が基本で、数か月待ちのところもあるようです。まぁでも、予約取れないなら仕方ないかと予約だけ入れて、変わらず月月火水木金金を続けていました。続けるなし。
わたしに病名をつけてくれ
そしてエックスデー。心療内科を予約した2週間後の金曜日のことでした。まぁまぁヤバめのミスをしたのですが、そのミスはすごく初歩的なもので、業界経験年数でいうと11年ほどの私がやらかすとはあまり考えにくい類のものでした。
おかしい。そして、つらい。
心境的にはサイア人のエリートであるこのベジータ様がカカロットでもしないようなヘマをやらかしただと!?みたいな状況でした(?)
そして心がポキっと折れてしまったんですが、だからといって仕事を投げ出すこともできません。できないと思っていました。とにかくこの状況に名前を付けてくれるところを探して、この異常を会社に報告せねばと考えました。今思えば完全に錯乱している…
もう次の日にでも心療内科に行きたかったのですが、初診で駆け込める心療内科は最寄りには存在しませんでした。いろいろ調べていると、リモート診断で前日予約ができる東京の心療内科を発見。HPを見るに、診断書も出してもらえるって書いてありました。心療内科ってだけでもハードル高いのに、リモート診断って大丈夫かいな…と感じながらも、藁にもすがる思いで翌日の診察を予約しました。月末には最寄りの心療内科を受診予定だったけど、マジで耐えられなかった。
とにかく、私に何が起きているのか知りたかったのです。わたしに病名をつけてくれ。
診断、仕事、重ねて
実は心療内科にかかるのが初めてではなかったのですが、オンライン診察は初めて。オンラインでうまく説明することができるか少し不安だったので、自分の状況を箇条書きにして、事前にメールで送っておきました。とにかく書きなぐったので、40項目くらいになって後で自分で読んでもドン引きしました。
診察はzoomを使って行われました。URLは病院が送ってくれました。PCでもスマホでも大丈夫です。ただ診察時に表情を見ないといけないようで、カメラはオンにしてくださいねって言われました。
先生はメールに目を通していてくれたので、結構あっさりと「かなり重度の抑うつ症状が認められますね」と診断され、「今日からもう仕事しないでください。緊急性があるので、明日から1か月間の休職をしてください」と念押しされました。
まぁ、働いてたんですけどね。
リモート診断後、PDFで診断書が届きました。(紙の診断書は速達で送ってもらって、火曜日には届きました)。
診断書は3,000円で、初診料合わせて9,000円くらいでした。結構痛かったけど、診断書は結構安いなって思います。ちなみにクレカ決済限定でした。
週明け一番に診断結果を会社に伝え、休職の必要性も伝えましたが「じゃあ明日から休むね」とはいきません。特別にリモート勤務に切り替えさせてもらって引継ぎと残りの仕事を片付けていきました。この時点で休まなかったのはだいぶマズかったと今なら分かりますね。
普通に会議に出て、仕事して、なんと東京日帰り出張もこなしました。職場にもう行けない状態のくせに有給休暇つかって家で仕事する日もありました。これシンプルにマズいんじゃない????だんだん腹立ってきた。
二件目の心療内科へ
10月末、最寄りの心療内科を受診しました。リモート診断で出してもらった診断書も出して、ここでも「適応障害で間違いないだろう」ということになりました。
じゃあ注射してお大事に、とならないのが精神疾患ですよね。私もここに来るまで仕事をしながらYouTubeで関連動画を見漁り、どうやったら治るのか、抑えながら仕事はできるのかと調べていました。
心療内科の医師が発信されているチャンネルの動画をいくつか見たんですが、適応障害の一番の治療方法は「とにかく休む」でした。
そもそも適応障害とは、「職場に適応できない人」ではなくて、「職場の環境からくるストレスによって何らかの反応を示している状態」なのだそう。過労とか、人間関係の不和とかで極度のストレスを受けているので、まずは心と体を休ませましょうと。せやなの一言です。
この時はまだ一人暮らしの部屋にいたのですが、アホみたいに仕事をしていたので実生活が完全に破綻していました。足の踏み場もない汚部屋で、ひたすら泣き叫びながら仕事をする社畜…今考えたら怖すぎる…
で、これはもう命にかかわると思い、実家に帰ることにしました。会社にもそう伝えて、11月の初めから休職に入ることになりました。このとき、まだ仕事を抱えたままでした。本当にいい加減にしろよ。
えっ…ウチの家族、ボロボロすぎ⁉
心療内科の先生に実家近くの病院にかかれるよう診断書を書いてもらって、いざ実家へ…と用意していたら、妹からメッセージが。
「母ちゃんが入院した。いま諸々手続きして、病室に着いたところ。気をつけて帰ってきてね」
Oh…すごいタイミングだね…
私が実家で生活できるその日だったので、逆にタイミングが良かったんだと思って地元に戻って病院へGO。入院は10日程度だったので、その間のサポートと家事をやることになりました。今思えばこの時寝たきりにならなかったから、気持ちが沈み切らずにこうして日記を書けているのかなと感じています。
その日から病院、残った仕事、家事をして過ごしていました。この間も有給休暇だったんだけど、あの、マジで仕事してたのおかしくないですか???
ここでうちの家族を紹介するよ!
- 父ちゃん:定年退職後に別業種に転職してヒーヒー言いながら働いている。すごいな。
- 母ちゃん:肝臓が終わっている。
- 妹:職場の先輩のパワハラに悩み社内転勤。がんばれよ。
- 私:社畜。適応障害と診断後も1か月普通に働いていた。頭がおかしい。
- のあ:黒猫。11歳。最近白髪まじりになってきたが、病気なく獣医さんにも「毛ツヤよくていい感じですね」と言われた。長生きしろよ。
ハッピーファミリーだね。
ハシゴ酒ならぬハシゴ心療内科
実家に帰ってから、予約の取れる心療内科を探しました。3軒目ともなれば慣れたもんですわと余裕に構えていましたが、これが結構難航してようやく見つけたところが最短で8日後に来てくださいとのことでした。ほんっと心療内科、予約取れない。
診察日まで母の見舞い、家事、仕事をゆるゆるとやりながら、実家で過ごしていました。一人暮らしをしていた時と比べたら本当に楽で、心も穏やかでした。
3軒目の心療内科の先生は東京でも勤務されていたようで、最初のリモート診断をしてくれた先生のこともご存じでした。これまでに2つの病院にかかったことを伝え、診断書や紹介状を見てもらい、状況をしっかり理解してくれました。
「こういう症状の人って、10年くらい前はけっこういらっしゃったんですけどね。働き方改革でそんなに見なくなっていましたけど…その10年前と比べてもかなり重いですね。よく頑張ってこられましたね」
ワイ氏、ここで泣く。ありがとう先生、私って頑張ってたんだね。あと先生ちょっと引いてんね。
思えば家族も友達もフォロワーさんも、頑張りすぎだよと言ってくれていました。働くというより、私なんかでもやらないといけないことがあるからやるんだ、という強迫観念みたいなもので生きていたんだなと自覚できました。みんな本当にありがとうございます。
すなおに休もう
弊社は休職中無給となるため、11月の2週目からお金が入ってこなくなったんですが、そうなるとまぁ生きていけないですよね。
全国健康保険協会から精神疾患で休業を余儀なくされている人に対して、給料の60%くらいが支給される「傷病手当」という制度があって、休職中から退職になっても一定期間申請ができるようです。
私もこれを利用する予定なんですが、申請のタイミングが結構ややこしくて、支給までの家賃や税金まわりの支払いに手当の支給が間に合わなくて詰みました。かなしい。
申請には主治医の診断を書き込む欄があるのですが、病院にかかった日から1か月の状況を書き込む必要があって、つまり申請書が完成するのに1カ月はかかるということになります。そして実際の支給までにさらに1カ月かかると見た方がいいようで、そうなると2カ月分は自力で補填できないと詰む ということになります。
他にも働けなくなった日数とか細かくあるんですが、これは普通にクリアしてました。最初のリモート診断で病名がついた時点で休んで、10月末に申請を出しておけばもっと早く手当が出ていたんですが、後の祭りですね。
あと、お住いの市区町村ごとに精神疾患の方への通院支援手当もあります。私も申請しました。
もし同じような状況にある方がいらっしゃったら、マジで無理せず休んで早めに心療内科の予約を取ってください。私みたいに心療内科ハシゴするとうまいこと申請ができずに支給が遅くなります…。
そんな簡単に休めたら苦労しないですよね、分かります。休みたいと言ってから休めるまでに1か月以上かかりましたし。いっそ死ねたら楽なのかと考えた時がなかったとは言えません。でも、投げ出してもよかったんだなぁと思いました。こんなことになるんだったらね。
自分を追い詰めすぎないで
当時の私の心境としては、周りの人はみんな忙しいのに、自分の仕事だけでいっぱいいっぱいになっている雑魚な自分のサポートで煩わせてはいけない、他の人がスムーズに仕事ができるように、私の担当部分をつつがなく進行しなければいけない、数字を生み出せない(新しい仕事を取ってこれない)私は、せめて中の仕事くらいは問題なく、頼まれることはすべてやり遂げなければならないと自分を追い詰めていました。職場からの強迫観念もありましたが、基本的には同僚や上司が好きで、みんな忙しくて大変なのが分かっていて、だから頑張らなきゃと思いつめすぎていました。
そうこうしているうちに、自分の意識が3つに分かれていきました。
自分を責める私、
責められてへこむ私、
それを傍観している私。
3つの中で、主な人格は最後の傍観者だったと思います。ああ、もうすぐ壊れるなぁ。と思いながら、私が私をぼーっと見ていました。そのうち何をしてもうまくいかなくなって、好きなものもなんで好きだったのかわからなくなって、お酒がないと眠れなくなりました。
こんな風に極端に自分を追い詰める人はそういないと思うし、ここまでやっている人間がいるんだからまだ頑張らなきゃ、と思う必要は全くないです。こうなったら危ないぞ、というサンプル的な目線で受け取っていただくのが一番だと思います。つらい気持ちやキャパシティは人それぞれで、誰かを基準に測れるものではないからです。
家庭の環境や自身の目標などで、簡単に離れることができない場合もあると思います。でも、自分を見失うようになったら、また見つけるまでに時間や努力が必要になるんだって実感しています。このザマの私が言うのも何だけど、みんな、抱え込みすぎずに健やかに生きてほしいと思います。私もこれからはそうしたいと思います。
仕事、もう知らん。
11月の半ばくらいまで来ていた仕事の連絡もほぼなくなり、気持ち的にもだいぶ落ち着いてきました。まぁ職場の近くを通るだけで頭が割れそうになるくらいの症状はありますが。近づかなければこっちのモンです。
血眼で仕事して、壊れて、そして今現在。ずっと自分の趣味とか推しとかに気持ちを向けることができませんでした。仕事では文も絵もかいていたんですが、自分の好きな創作とかはまるで手についておらず…。A3も秋の後半からこっち、イベストもひとつも読めていません。悲しいなぁ。
好きなことができなくなるってやっぱりつらいです。こんな風になってまで、自分を押し殺してまで働くことなんてなかったです。
それに、私はいわゆるクリエイターと呼ばれる職種なんですが、そういう人こそ、きちんとインプットして、自分の心を動かしておかないと、いい仕事ができないと思います。実際、ここ数年はためてきた引き出しを消費するだけで、もうすぐ削りカスになってしまうんじゃないか、クリエイターとしての死期が近いんじゃないかと怯えていました。
おいしいもの、たのしいもの、きれいなもの、すてきなもの。
触れたいものに触れて、自分の中で再構築する。今まで会ってきた素敵な人たちは、それをやっている人たちでした。私もそうなりたくて、この仕事をしていたはずです。
また同じ仕事ができるか今はわからないけど、壊れてしまったものを組み立て直すことに注力できたらなぁと考えています。
メッセージをくださったみなさんへ
そんなこんなで今。
実家の自室を掃除したり、家事をしたり、退院した母ちゃんと出かけたり、つくてめの準備したりして私は生きています。早く次の仕事を見つけなきゃいけないとか、毎日仕事していなくて大丈夫なのかとか、お金ないなとか不安はそれなりにあるけれど、とにかく今は自分の生き方を取り戻すことに集中したいと思います。
今年の5月頃から心配のメッセージをくださった方々、本当にありがとうございます。
私の境遇に共感してくださった方や、私の投稿を楽しみに見てくださっていたことを教えてくださった方。とても励まされて、また好きなことをしてもいいんだと自分を許すきっかけになりました。何度も読み返して、ふんばる力にさせてもらっていました。
お一人お一人にお礼を伝えるべきではございますが、この場でご容赦ください。本当にありがとうございます。また元気にバカやって、生きてるなぁと思っていただけるように養生していきます。
長くなりましたが、数カ月ぶりに自分のための文章を書きました。創作ではないけれど、自分の気持ちを文字に乗せることがやっぱり好きなんだなって再認識できました。
次は創作したり、SNSにももどりたいです!あと、ためまくったメインストとイベスト開けないとね。
みなさんも、心と体をお大事になさってください。これからもよろしくお願いします。
みんと